ホシノアカリ ー水瓶ー

小説を書いています。日常や制作風景などを発信します。

肌を忘れた。

ただいま。ホシノです。

暗い部屋って落ち着いていて好き。

そんな人はいませんか?私がそんな人です。

今も朝からカーテンを閉め切った、ノートパソコンとモニターと石油ストーブの電源灯しか光が灯っていない部屋でこれを書いています。

犬が外で吠えていて、とてもうるさいです。

さて、実はというと、私も昔は暗闇が恐ろしかった。

なにせできることはないし、見えるものもない。

あるのは嗅覚と聴覚。

人間は視覚に大きく依存した動物ですね。

暗闇の中、なにも見えなくなることに恐怖を感じる。

あるいはそれぞれの感覚がとても発達しているから、嗅覚と聴覚を奪われても、やはり不安になったりするのかもしれません。

しかし私が今ここで恐怖を感じないのは、ノートパソコンを開いてこれを書いているのもありますが、やはり外は明るいからだと思います。

それともこのカーテンの隙間から差し込む白い明かりは電灯でしょうか?

恐らくそうなのでしょう。

しかし、結局は外に明かりが灯っている。そういうことなのです。

読み手の方は夜の町や、建物のなかを徘徊したことがありますか?

私の十代中盤から後半までは深夜徘徊ばかりしていました。

真っ暗な深夜の馬見丘陵公園のなかを横切ったり、ここだけの話ですが母校に侵入したことも多々あります。

後者の経験が強いのでしょうね。私は明かりが怖い。

侵入者は光に当たった瞬間に『侵入者』となるのです。

それまでは真っ暗な闇のなかに、その黒字を隠して散歩している。

私は明かりに当たると、「自分」という人間が丸裸にされたような気分になる。

普段あまり風呂屋に行かない人が、バスタオルを巻いてモタモタしているような。

人々との会話は楽しいものです。自分でも驚くほど口が回ります。

しかし、誰でもない視線を、誰からでもなく認識する。

パトカーが横切るの瞬間に、キュッと頭が締まる。あの感じです。

私は自分が汚れた人間だとか、人でなしだとかいう自己嫌悪的なものを言っているのではありません。

ただ、明かりが美しすぎるだけなんですね。

光る星。

人間界における太陽の位置にあるのはなんでしょうか。

私もたまには自分の太陽の日の出を見ます。