ホシノアカリ ー水瓶ー

小説を書いています。日常や制作風景などを発信します。

鯨肉

「鯨肉」

 

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 暖色蛍光灯の下でも血は黒々としていた。

その電球から発せられる光の下では、すべてが柔らかい輪郭を帯びたのに。

手術室のような白明りで満ちるスーパーマーケットにあった時と何ら変わりのない質感を帯びていた。

 

黒が 赤を 帯びている

逆さにしても おんなじ

どこでだって おんなじ

流れ出た事実なのだから

 

 鯨肉は血にまみれていた。

売れ行きは芳しくないようだった。

血まみれの食材というのは、一般にあまり好ましく思われない。

鮮度に難がある場合があるし、生理的に血を受け付けない人が多い。

豚バラ肉は桜の花のような色合いで横たわっている。

牛肉は血を見ようとすれば確認できるが、商品としては宝石のようなディスプレイ。

鶏は血の気はないものの、肉感に溢れて、健康的な印象だ。

スーパーマーケットとはそういう場所だ。

 喫煙や小食などによって貧血の気があるソウスケは鶏レバーを求めてきた。

一週間後には岡山への旅も控えているのにも関わらず、夜勤の日々に疲れ果てて、身体は干からびたように貧相。

食わねばならないのに食えないのは煙草のせいか。

それとも己の魂か。

ソウスケは魂を認めはしたが、従わない性質だった。

 

 スーパーマーケットに到着すると、まず途方に暮れる。

明確に買うものを考えていないばかりか、その欲求すらもないからだ。

 

 土はどこ? 土はどこ?

あ、ここに あった ここに ここに

わたしは見つける 惹かれる 流れる

漂流者はプラスチックとお似合いよ

 

 容器を買うのか、言葉を買うのか。

わたしは言葉を買った。

『鉄分が牛肉の〇倍!』

言葉の手段が鯨肉であっただけだ。

そうでなければこの鯨肉は廃棄物となっていただろうか。

少なからずとも、彼の肉片のすべてが売れたわけではあるまい。

 

『動物愛護』『哺乳類』『十年前の給食』『母の子宮』

などを連想しつつ、ソウスケはそれらの因果を理解しようと散歩する。

最中、予定にはなかった鶏もも肉をカゴへ入れた。

血の気はもう十分だった。

 

 鯨肉を捌いたのは次の日だった。

ソウスケが粗末にするには、少々値の張るものだったし、なによりこの血も飲めぬようではこの先生きていけない気に触れた。

それくらいの覚悟を持っていない限りは口にしたくないと考えていた。

 

 あら、あなた結構スジがあるのね

ここも ここも スジだらけ

嫌だなあ まな板が血だらけ

ここも ここも 血だらけ

わたしも血だらけだよ まだ生きているんでしょう?

なにか答えなさいよ

 

 刺身用として売り出されていたものだったが、気休めにレモン果汁とニンニクをもみ込んで冷蔵庫で寝かせた。ほんとうに気休めである。

それでも臭みは取れる確信があったから、これで腹痛でも起こせば後の祭りである。

あとは鯨がおとなしく己に取り込まれてくれることをソウスケは祈っていた。